古着を着こなす人に会うと、おしゃれだなと思う。古着でも新品でも服を買わないと宣言している人には、あまり会わない。そんな人と、じっくり話す機会があった。おしゃれは好きなのに、もう2年は自分の服を買っていなくて、あと7年は買わないと決めていると、ニコニコと語ってくれた。
東京・西荻窪の主婦、芹沢悦子さん、55歳。地元で広がる選挙のムーブメント「ひとり街宣」を始めた人でもある。
やるべきだと思えば、人と違うことも怖がらない、しなやかな生き方をする人だった。(デジタル編集部・福岡範行)
◆やせ我慢ではないという
1月中旬、芹沢さんは「2030年まで肌着以外の衣類は買わない」宣言をした後の日々のすがすがしさを、Twitterでつぶやいた。
「思い込みやこだわりをひとつ手放すと、心に羽が生えることを実感した2年間でした」
やせ我慢ではないという。
街を歩いていても、ショーウインドーの服に気を取られない。
どれを買うか迷う時間も、買った後に「失敗したな。無駄づかいしたな」と後悔することもなくなった。
人と会ったときに服ばかりに目がいくこともなくなった。
おしゃれの楽しみ方はゲーム感覚になった。もともと持っている服という手持ちの札の中で、上手な組み合わせを考えるゲーム。夫が着られなくなった服も捨てずにおさがりにしてもらう。縮んでもまだ芹沢さんには大きめだけれど、自然に着こなせるように工夫する。
着心地がよくて何度も袖を通すシャツの襟のよれよれ具合も「おろしたてより、格好良く見えてきちゃって」。
どうしてなのかなと考えてみると、真新しい再開発ビルよりも、ちょっと古びた街の味わいにひかれる気持ちに似ているという。
しわにしても、汚れにしても、人の営みが積み重なっているから生まれるもの。だから、ピッカピカなものより、心ひかれる。「人をほっとさせるような温度があるというか」
◆「軽やかに」どんなことでも楽しんで
服を買わない宣言は、たった1人で勝手に決めた。きっかけは、気候変動の問題を学び始めたことだ。
地球温暖化を招くCO2(二酸化炭素)を多く出す分野の1つが、ファッションだった。服をたくさん買って、しばらくしたら簡単に捨ててしまうような生活は、特に問題だった。
それは自分がやってきたことだった。気分が落ち込んだときに、買い物でうっぷんを晴らすことが多かった。「でも、ものを買うことで得る喜びって、一瞬なんですよね。わりと長続きしなくて『もっともっと』ってなる」
それならば、いっそのこと服を買うのをストップしたら、自分は、どんな風に感じるんだろう。興味が膨らみ、実際にチャレンジすることにした。「思いついたら、やっちゃう。逃れられない性分です」
それからは機会があれば、「買わない宣言をしている」と周囲の人たちにしゃべってきた。
友達に「ええっ」と言われたこともある。「服にいっさい構わないのね」と思われたら失敗だとも考えている。
子どもの頃の家庭科の成績は2だったけれど、色鮮やかな糸で服の穴をふさぐ「ダーニング」にも挑戦してみた。みんなで物を修理する「リペアカフェ」というイベントも開いた。
ダーニングの出来栄えも完璧ではないかもしれないけれど、気にしない。友達には「見て、見て」とアピールしている。子どもをほめるような調子で「頑張ったわね~」と言ってもらえたこともあった。
目指すのは100点ではない。「60点でいいからたくさん取って、前に進みたい」。自分にも周囲に対しても「60点で合格」と考えた方が、生きやすくなると思っている。「軽やかにやりたい」と、楽しむことを心掛ける。
こうした、ひとりだけのチャレンジを恐れず、どんなことでも楽しもうと工夫する姿勢は、杉並の選挙に「ひとり街宣」を広げる力にもなった。候補者とは別に、支援者だけで街角に立ち、アピールをする試み。これも、芹沢さんが「やりたい」と始めたことだ。
なぜ、次々とチャレンジができるのか。背景をひもとくと子ども時代の体験の話になった。
◆雪合戦で悟ったこと
世田谷区・千歳船橋の出身。子どもの頃から頑固だった。
3歳のときには、怒って「家出」をしたことがある。おもちゃと傘と、キューキュー鳴るカエルの椅子を持っていって、家の近くで広げた新聞紙の上で1人、遊んで過ごした。
幼い頃も、洋服の組み合わせに強くこだわるタイプだった。「親に言わせると、うるさかったって」
小学生時代はデニム生地のキャップがお気に入り。学校にも毎日、かぶっていった。
外で缶蹴りやドッジボールをするのが好き。「座って、ちまちま作るのは嫌いだった」。苦手な家庭科でパジャマをつくる宿題が出たときは、友達に500円を渡して、やってもらった。
忘れられない思い出がある。
小学校に雪が降った日、クラスみんなで2つのチームに分かれて雪合戦をした。
攻め込まれて、サッカーゴールを明け渡したら負けというルール。芹沢さんはゴール前でうずくまったまま、50発、100発と投げられても耐え続けたという。チームの仲間が攻め返していると、信じながら。
すると、先生がトントンと背中をたたいてきた。パッと顔を上げると、戦いは終わっていた。チームメイトたちは、とっくに負けを認めて攻めるのをやめていた。
気の毒そうに見つめてくるみんなの顔と、その後ろの空は今でも記憶に鮮やかに残っている。
その時、子ども心に「人って孤独だな。ひとりで生きていくんだな」と悟った。ひとりを怖がらなくなった今につながる原点だという。
◆「ひとりでも」と思ったら仲間が増えて
20歳の成人式の日は式典には行かなかった。親友と2人で普段着のまま、下北沢のドトールコーヒーで他愛もない話をして過ごした。
20代では、アルゼンチンタンゴなどで使われる蛇腹の楽器「バンドネオン」のアマチュアクラブを立ち上げた。
生徒は芹沢さんと、当時60代の男性3人だけ。先生や楽器を探すのに苦労した分、「生徒がひとりになっても続けよう」と思っていた。
ところが、このクラブで仲間が増えた。ブランシャー明日香さん(50)。のちに杉並・西荻窪を拠点にする環境団体「ゼロカーボンシティ杉並の会」の共同代表に一緒になった友人だ。
2022年6月にあった杉並区長選挙では一緒に、新人候補の岸本聡子さんを応援した。気候変動対策や、民主主義の活性化を目指す姿に共感していた。
ただ、岸本さんは直前までヨーロッパの環境NGOで働いていたので、杉並では知られていない。投票できる区内の有権者は48万人を超えるのに。
芹沢さんは時間が足りないと考え、「私は岸本さんがいなくても1人で駅に立ちます」と「ひとり街宣」を始めた。
「このときは『ひとりでもいいや』じゃなくて、『ひとりでも始めれば、後に続く人はいる』という思いもありました」と振り返る。
◆「ひとり街宣が、独り歩きを始めた」
「そんなの無理よ」と慎重な人もいた一方で、「私も」と手を挙げる人たちは、たしかにいた。「すっごい大人しい人たちが立ったんですよ」。岸本さんを支える人たちで手分けして区内の19駅全てで行うことになった。最終的に30~40人が参加したとみられる。
6月20日、岸本聡子さんは、当時区長だった候補に187票差で競り勝った。
ひとり街宣は、区民が支えた選挙戦の象徴として報じられた。
2023年4月、杉並区議会議員選挙で、ひとり街宣が再び脚光を浴びた。
岸本区長自身がひとりで街角に立ち、投票に行こうと呼びかけた。同じように駅前に立つ区民たちもいた。
芹沢さんは「ひとり街宣が、独り歩きを始めた」と思った。
お花をあしらったプラカードを持つ女性。書道のような文字で訴えるおじいさん。みんなの個性が表れた。
◆表に出ていない人たちの頑張りが、きっと
議員選挙に立候補したブランシャー明日香さんを支援する仲間内にも、出勤前の早朝にいつも駅前に立つ人がいた。「ものすごく穏やかな人」という、その人は、芹沢さんたちが「なんか変だな」と思って尋ねるまで、ひとり街宣をしているとは話さなかった。
芹沢さんは、そんな目立たない区民らの頑張りがまだまだあっただろうと想像している。「表面に出てきているひとり街宣って一握りだったんだろうなって。表には絶対に出てこない人たちが杉並区にはいっぱいいて、損得勘定抜きに働いていましたね」
芹沢さん自身も区議会議員選挙が始まる前々日までに、区内19駅全てでひとり街宣に立った。
それとは別に、ブランシャーさんと一緒に「人生で初めて」のラップを駅前で歌う日もあった。歌詞は、ブランシャーさんの政策にちなんだ環境ネタ。楽しげに体を揺らし、通りがかった中高生の心はつかんでいたけれど、正直、素人っぽさも残っていた。
変わっている人と思われる怖さはないのか、と尋ねてみた。「変わっているからね。隠しようがないから、しょうがないかなあ」と朗らかだった。
周囲からどう見られるのかには興味はあるけれど、「自分の気持ちと向き合った結果のチャレンジだから、他の人の目は二の次です」。
ラップにしても、ひとり街宣にしても、どれだけ選挙の結果に影響したかは「分からない」と芹沢さんは言う。
言えることは、投票を呼びかけるチラシを配るよりも「心に持ち帰るものがあるんじゃないか」ということ。
なぜなら、なりふり構わず頑張る人を目にするという体験を届けているから。
「普通にやっていたら絶対、普通で終わるじゃないですか」
2度の選挙で区長が変わり、男性が多かった区議会議員48人の半数が女性に変わった。ブランシャーさんも当選した。議員選挙の投票率は4年前の前回より4%上がった。
芹沢さんたちにとって「私たちは政治を変えられる」と実感できる一歩になった。
◆意地悪な質問をしてみたら
政治を変えることは、社会のあり方を見直し、未来への進み方を変えること。「気候変動も止められる」という希望につながっている。
「ひとりが始めるか始めないかで、何かがコロコロ変わっていくんだなって実感しましたね」
そう語る芹沢さんに、続けざまに「『私も服を買わない』っていう方はいますか?」と尋ねてみた。
その瞬間、芹沢さんは「ははっ。面白い」と笑った。意地悪な質問のはずなのに、楽しそうに見えた。
今のところ、「私も」と言ってくれる人はTwitterにはいるが、身近な友人たちにはいないという。
でもね、と芹沢さんは続けた。「みんな気にするようにはなりました。それはうそじゃない」
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