
世界的ファッションブランド「コムデギャルソン」のデザイナーとして40年以上にわたってパリ・コレクションで新作を発表しつづけ、先日、文化功労者に選ばれた川久保玲さん。編集者でジャーナリストの鈴木正文さんは9月にあったパリでのショーを取材し、10月には東京で、じっくりとインタビューで川久保さんと向き合った。世界各地で戦争や紛争が続くなど、暗い世の中に対し、川久保さんが新作群に込めたメッセージとは。鈴木さんが、川久保さんとコムデギャルソンの「現在地」についてつづりました。朝日新聞デジタルで5回にわたって連載します
10月21日、今年度の「文化功労者」に選ばれたことが発表されたその日に、川久保玲さんは報道各社向けに次のコメントを寄せた。
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この度の受賞は、スタッフはもとより、産地、縫製工場など、常に服作りに協力を惜しまず助けてくださったたくさんの方々のお力があってこそとあらためて感謝いたします。
また、国がファッションを文化として認め、学術文芸を推奨することはこの分野の今後の発展にもつながって行く大きな励みになると思います。
今の社会情勢、世界中で起きている悲惨な事に対して私は無力ですが、私なりに新しい表現を模索しながら服を作り続けることが、平和のあり方のひとつと信じて進みたいと思います。
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この発表にさかのぼること5日の10月16日、僕はコムデギャルソン社東京オフィスの大テーブルをはさんで川久保さんと向かい合っていた。例によって、全身黒ずくめの禁欲的ないでたちの川久保さんは、落下傘スカートに襟元まで留めた黒いチャイナ・シャツ、そして前ボタンをきっちり閉めたテールコートを着用して、背筋をまっすぐに伸ばし、僕を注視していた。
最初の質問は、2週間とちょっとまえ、パリのウィメンズのファッション・ウィーク中の9月30日に発表された(2024年春夏シーズンの)コムデギャルソンの最新コレクションをめぐってのものだった(このコレクションについては、10月29日付の朝日新聞朝刊に感想を書いている)。ランウェーで披露されたのは、衝撃的なあかるさとかがやきに満ちたカラフルなコレクションだった。その圧倒的な色彩の量感(マッス)は、プロジェクション・マッピングなどの、古代ローマ人たちが見たなら卒倒しかねないほど絢爛(けんらん)な、しかし中身の空疎な、「進歩」の奇跡によるものではない。地道な手仕事でひとつひとつ縫い合わされた布による中身の詰まった、触ることも着ることもできる実体のある芸術であった。ローマ人だって息をのむ感動を覚えたにちがいない。美は「進歩」の尺度ではかれない。
川久保玲「明るい未来を、私は希望します」
コレクションに込めたデザイナーとしてのおもいは、ショーの当日、取材陣に渡された一文から成る英文メモがあきらかにしている。いわく、「暗鬱(あんうつ)な現在から自由になるために、かがやくあかるい未来を提出することを、私は希望します」(“To break free of the gloomy present, I hope to present a bright and light future.”)。
「暗鬱な現在」(the gloomy present)とは、それを常識的に受け取れば、昨年来のウクライナへのロシアによる侵攻にはじまった戦争や、世界各所で頻発している紛争・内戦・災害、さらには東アジアにおいても高まる軍事的緊張などの、「悲惨な事」(10月21日発表のコメント)がひろがる非平和的な現在のことだ。ショー直後には、イスラエルとパレスチナの、あらたな戦争状態も勃発している。
それらが招来するのは人間性の危機である。
3年ごしのコロナ・クライシスに出口の明かりが見えつつあるときに、人間が人間を殺すことを目的にも手段にもする戦争行為がはじまり、人間性のありかが根源から問われ、問われるだけでなく脅かされ、そして破壊されていくという「現在」が出来(しゅったい)した。ファッションをふくむ人間の生を謳歌(おうか)・肯定すべきすべての営為が、かくして危殆(きたい)に瀕(ひん)し、2024年春夏のコムデギャルソンのコレクションづくりをはじめていた川久保さんは、深い霧のように忍び寄る人間性の窮地に未来への視界がさえぎられる「暗鬱な現在」のなかにいるじぶんを、見いだしていた(のにちがいない)。
そうして、手さぐりではじめたコレクションづくりは、「かがやくあかるい未来」を「希望」として提出する、というテーマをつかむにいたったのであった。
「ひとえに……」と、川久保さんは切り出した。「いまの社会というか世界中で、ひどいことがたくさん起きていますし、そういうことを、もう終わりにしてもらいたい、のりこえて、違うところにいきたいという気分があったことはたしかです。みなさんも、おなじようにおもっているのではないか、とおもいましたし」。
1989年のベルリンの壁崩壊が東西冷戦に終止符を打ったのもつかの間、2001年にはニューヨーク・ワールド・トレードセンターの倒壊とその後の対テロ戦争を結果した「同時多発テロ」があり、2010年にはじまったアラブの春がシリアの内戦を誘発し、パリでは2015年にシャルリ・エブド襲撃事件が発生し、そうして、いま、「また時代が戻ってしまって……」と川久保さんはつぶやく。そして、しばしの沈黙ののち、「重いことって、表現するのは好きですけどね。あまり政治的なことと洋服は関係がないとおもうのですが、最近はあんまりにも、というのがあって……。今回は(政治的なことと)関係しました」と、静かに語り、戦争と平和の問題がなければ、色という色があれほどまでに姸(けん)を競うコレクションは、発表されることはなかったであろうことを示唆した。
「(戦争と平和の問題を)ファッションと結びつけてはいないですが、(いまは)自然と、結果的に、そうなりますよね。自分の気持ちですね。もういい加減にしてほしい、となりますよね。毎日毎日………」
文化功労者に選ばれたさいのコメントで、川久保さんは、「今の社会情勢、世界中で起きている悲惨な事に対して私は無力ですが」とするいっぽうで、「私なりに新しい表現を模索しながら服を作り続けることが、平和のあり方のひとつと信じて進みたいと思います」と述べている。けれど、川久保さんのファッションが無力であるとは僕はおもわない。ファッションは、ときに、自由を求める魂の悲痛な叫びでもある、と信じるからだ。叫びは、それを上げるのに力を要求し、それが上がると力を奮い立たせる。叫びは無力のサインではない。力のサインだ。僕たちは、叫ぶべきときには叫ばなければならない。
そのときどうしてか、「日本政府が文化勲章をくれるといったらどうします?」という質問を、僕は川久保さんに投げていた。政府内に川久保さんを文化功労者に選出する動きがあったことなぞ、知る由もなかったのに。
妙な方向から飛んできたボールのようなこの問いに、「ちょっとありえないとおもいますが」と、ちいさく苦笑を返した川久保さんは、「日本でファッションが文化にまでいっていますかね……」と応じ、直接的な回答を避けた。
ちなみに、フランス政府は、はやくも1993年に、「芸術文化勲章シュバリエ」を、そして2004年には「フランス国家功労勲章オフィシエ」を、川久保さんに授与している。(つづく)(編集者・ジャーナリスト 鈴木正文)
川久保玲の現在地①暗い時代に放つ希望「政治と服は関係ない…でも」:朝日新聞デジタル - 朝日新聞デジタル
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